消費の重要性

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毎度~!おいでやマスター澤井です。

我々日本人は一国家一民族。

良いところもあるんですが
悪いところも結構あるんです。

インターネットの急速な普及や
移動手段の発達などによって

急激に国際化が進展している時代に
対応し成功するためには

毎度の発言ですんませんが

やはり、しっかりとした
”マインドセット”
持つ必要がありますな。

『Den Fujitaの商法』よりシェアいたします。

適当な消費はむしろ必要である。

文化生活が高度になると
必ず、消費が伴うものである。

つまり

適当な消費は高度の文化生活を
維持するためには

絶対に必要であると言える。

日本人の物の考え方は
時計の振り子のように
振り幅が大きい。

たとえば『消費は美徳である。』
とされていた考えが

ある日、批判されると
急にケチになってしまうのだ。

そして

消費を目の敵にして弾劾する。

無駄な消費のみをいましめればよいのに
必要な消費までも敵視するのだ。

これは無茶と言うほかならない。

日本には、何かあるとすぐに
低級で安易な世論ができて

それが社会を大きく振り回す
傾向がある。

つまり

考え方がパンフレット的で底が浅く
深く考えようとしない。

週刊誌文化などというが
浅い知識しかない週刊誌に
毒されているといってもいい。

それもこれも

個人個人がしっかりした
何ものに惑わされない判断力を
身につけていないからだ。

新聞にどう書いてあろうと
雑誌にどう書いてあろうと

自分に自信があれば
そんなものに惑わされることはない。

たとえば、最近
しきりに言われていることに
『ノーカー・デー運動』がある。

これは時代逆行もはなはだしい
”運動”であると言わなければならない。

今日の高度に発展した文明は
車に負うところがきわめて大きい。

ところが、公害問題が出てくると
すぐに、ノーカー・デーを叫ぶ。

発想も貧困だし

いかにも貧乏国が考えそうなことだ
と言わざるを得ない。

ノーカー・デーと叫ぶ前に

なぜ、無公害車の早急な開発を叫び
もっと道路を作ろう、と叫ぼうと
しないのだろうか?

欧米人は決してものを粗末にしない。

しかし、だからと言ってケチではない。

合理的なことには
惜しげもなく使う。

ただ、ノンベンダラリとは
使わないだけである。

大して資源のある国でもない日本に
残されているものと言えば

国民ひとろひとりの持っている
『知恵』だけである。

昼寝していても
石油がわいてくるような
結構な国ではないから

どうしても人間の知恵だけで
食っていかなければならない。

ところが

それにしては
どうも知恵がなさすぎるのだ。

発想が貧困すぎる。

時代に逆行するような発想しか
出て来ないようでは

とても

進歩も金儲けも、おぼつかない。

ーーーーーーーーーーーーーー

この本は1974年に
初版が発行されました。

今では皆が知っている言葉っすが
『エコ』ってほんの数年前から
叫ばれてるまだ新しい言葉です。

エコカー減税でエコカーが
爆発的に売れたりしましたよねぇ。

著者の藤田田さんは38年前に

ノーカー・デーと叫ぶ前に

なぜ、無公害車の早急な開発を叫び
もっと道路を作ろう、と叫ぼうと
しないのだろうか?


こうおっしゃられてます。

やはり偉大な経営者はすごいですね。

時代を先取りする”先見性の明”を磨き
世論に左右されない”マインドセット”を持つ。

これ大切です。

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