師匠と先生の違い

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毎度~、澤井です。

前々から思ってたんですが、
自分よりちょっとだけ技術が優れていたり
知識が豊富な人、いてるでしょ、

たとえば、

セミナーの講師。
1冊でも本を出したことがある。
信者がいたりして、小さな世界でちょっぴり有名な人。

このような人を目の前にすると、無条件に、

へりくだった態度をとったり、ひれ伏したりして、
相手のことをヨイショする的な?意味合いもかねて

『先生、先生』

って呼ぶ人っていてるでしょ。

あれって、どうなんかな?

と、思うんです。

講演会やセミナー後の懇親会などで、
こんな光景をよく見かけませんか?

その日の主役のまわりにキャッキャ集まって
先生、せんせ~い、と崇めながら記念撮影したり、

そんなことして、何の意味があるの?的意味不明な
群集行動。⇒名刺交換してもらうための長蛇の列、

熱烈な人になると、サインまで求めちゃったりして、、、

と、まぁこんな感じです。

オイラはこういう空気の中にいると
とても居心地が悪くなり、時には吐き気をもよおし
超イライラした気分になってくるんですわ。

ホンマはこんなこと記事にしたら、

『まぁ~、澤井さんって、

 ヘンクツな人、あなたって、

 そんなひねくれた目で世の中を見てるのね、

 大、大、だ~っい、キ ラ イ!!』

と嫌われちゃうかもしれませんが、

オイラはね「おかしいものはおかしいよ。」

とはっきりと、しかも大々的に
主張したいタイプなので

たとえ、キライになられても平気なの。

ビクともしません、ウェルカムよ。

イェイ!!^^

だって、自分と波動が合わない人と
一緒にいてもお互いしんどいだけやから。。。

オイラ、澤井という人間はこんな人ですよ。

と、”自己主張”をして波動が合わない人を
最初から寄せ付けないようにしているんです。

ここまで読んで、

『おぉ~、なんか勉強になったぞ、澤井先生。』

なぁんて呼ばないでね、オエッとなっちゃいますから。

ちなみに、キライ、合わない、と思われた方とは、
ここで笑顔でバイバイです。

サヨウナラ~!

・・・.

今、ここまで読んで下さっているあなたとは
とても波動が合いそうですね。

ってことで、末永くよろしくお願いいたします。^^

では、続き。

オイラが考える先生の定義はこうです。

先生ってのは、自分の知識を人に教えたり
取得した技で、相手の苦痛を取り払う作業をして
お金をもらっている人。

教えたり人助けを”仕事”にしているビジネスマン。

つまり、

自分が催した行為の対価として
お金をもらっている人のこと。

ですので、先生と生徒の立場ってのは、
上下関係ではなく50/50、

フィフティーフィフティー、やと考えてるんです。

で、お金を払って学んだり苦痛を取り払ってもらい
いずれは越えなければならない存在である、と考えるんですわ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ですので、へりくだったり、ひれ伏した態度をとるのが
おかしいのでは?と思いますし、

絶対に、”先生”とは呼ばないように意識しているんです。

何があっても、”●●さん”と、呼ぶようにしておるんです。

なぜなら、

『アンタのこと絶対に超えてやるぜ!!』

という闘志を心の奥底に秘めているからです。

ライバル心むき出しですわ。

けど、この思考って別におかしいなことではなく
あたり前のことなんですよ。

どうしてかと言うと、

相手のことを尊敬し自分もこうありたい、
と思う憧れの存在であるから、真似して超えたい
と願うのは、ごくごく自然な感情であるからです。

ですので最初から、

へりくだったり、ひれ伏した態度をとるというのは
はなっから負けを認めたことになるので、
絶対にその方を超えることができないってこと。

また、そのような思考の持ち主は、いくら頑張って
勉強しても一生独り立ちはできない、とも言えますよね。

とまぁ、オイラが考える先生の定義とはこんな感じです。

じゃぁ、”師匠”の定義とはどうなんでしょうか?

オイラの中で、師匠の存在は別格です。

先生とは全く違う存在であり
師匠とは、崇高でありとても偉大な存在なんです。

完全にへりくだって、ひれ伏して

なおかつ、いつでもどこでも、

へーこら、へーこらして
顔色や機嫌をうかがったり

師匠が、

『三回まわってワンと言え!』

といったら三回まわってワンと言うし

『アンパンと牛乳買ってこい!』

と言われたらダッシュでコンビニに駆け込むし

『ウンコ食べなさい!』

と言われたらウンコまで食べちゃいます。

このように、師匠ってのは絶対的な存在です。

なぜなら、

教えを乞うからです。

どうかお願いですから、あなた様の知恵や
技術を私に伝授していただけませんか?

そのためなら、

たとえ火の中、水のなかにも飛び込みます!

師匠に教えを乞う場合は
これくらいの気構えが必要になるんです。

上下関係、立場うんぬん、いってるレベルではありません。

で、先生はお金が欲しいので、やさしくしてくれますが、

師匠ってのは、真逆です。

弟子が、たとえ家族を捨て、全財産を師匠に捧げたとしても
師匠ってのは、やさしくしてくれません。

超きびしいですし、簡単に技も教えてくれません。

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たとえば、

一流の料理人に弟子入りした場合は、最初の数年は
雑用ばっかでろくに給料なんかもらえません。
完全に労働基準法を違反しています。

けど、弟子は必死に学びます。

真冬の寒い日も冷たい水で、野菜を洗い
いつも手はボロボロ。

中堅料理人にバカにされ、イジメれながらも
歯を食いしばって耐え忍び

師匠が料理を作った後のなべ底を
コッソリとなめて、お宝の味をかみしめ
少しずつ成長していくんです。

また、落語家に弟子入りする場合は、

『弟子にしてくれるまで、ここを動きません』

と、はじめて会った師匠がこまってしまうような
ダダをコネ、門の前にデーンといすわります。

雨の日も風の日も、
ちょっと哀れな人っぽく演出していると、

やがて、硬く閉ざされていた門がパーっと開き

『きみ、よく頑張ったなぁ、まずはトイレ掃除からだぞ!

 本気で頑張れるのか?』

と師匠にお声をかけていただき、落語家への長い人生が
スタートするのです。

このように、師匠ってのは弟子に
技術や知恵を教える義務はないのです。

学びたけりゃ、勝手にパくれ。

師匠と弟子とはこういう関係であり、
また、弟子は一生、師匠を超えることはできないのです。

ここまで、長々とお話してきましたが、
あくまでもオイラの主観です。

あなたは、凡人に毛が生えたような人のことを
「先生、先生」と呼んだっちゃりしてませんか?

崇めたり、敬意をはらうという気持ちは
とても大切です。

しかし、成長するためのハングリー精神や
意地、プライドなんかもとても大切なんじゃないかなと思いますな。

ではまた。^^

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